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最高裁判所第一小法廷 昭和62年(行ツ)77号 判決 1988年3月31日

上告人

産寳土地興業株式会社

右代表者代表取締役

小崎米蔵

右訴訟代理人弁護士

西村真人

新井清志

山上朗

小澤治夫

被上告人

麹町税務署長

関明

右指定代理人

植田和男

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人西村真人、同新井清志、同山上朗、同小澤治夫の上告理由第一ないし第三について

収税官吏が犯則嫌疑者に対し国税犯則取締法に基づく調査を行つた場合に、課税庁が右調査により収集された資料を右の者に対する課税処分及び青色申告承認の取消処分を行うために利用することは許されるものと解するのが相当であり、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。また、本件更正及び本件重加算税賦課決定並びに本件青色申告承認の取消処分がいずれも課税庁の調査に基づいて行われたとの原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。論旨は、ひつきよう、原判決を正解しないか、又は独自の見解に立つて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第四について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官髙島益郎 裁判官角田禮次郎 裁判官大内恒夫 裁判官佐藤哲郎 裁判官四ツ谷巖)

上告代理人西村真人、同新井清志、同山上朗、同小澤治夫の上告理由

第一 本件更正決定の効力について

一 原判決は、上告人の「本件更正につき被告が通則法二四条に規定する調査に基づかないでした違法がある」旨の主張に対し、国税通則法二四条の「調査」においては、国税犯則取締法による査察によつて収集された課税資料を使用してもよいとの前提に立つて、上告人の右主張を排斥しているが、これは、国税通則法二四条・法人税法一五三条ないし一五六条、および国税犯則取締法の各法令の解釈適用を誤つているものである。

二 1 そもそも、税法上の調査権は、三つに区分される。すなわち、第一は、所得税法、法人税法等の各個別実体税法において規定するものである(以下、実体法上の調査権という)。第二は国税徴収法において規定するものである。そして第三は国税犯則取締法において規定するものである。

2 右のうち国税犯則取締法上の調査権は、終局的に国税犯則事件の通告処分または告発を目的としてその証ひようを発見・収集するために認められるものである。そしてこの調査権は、実質的には刑事手続的性格を有するものである(告発のみを予定している、間接国税以外の国税については、なおさらその性格が強い)。これに対し、実体税法上の調査権は、適正な課税処分を行なうための資料を収集することを目的とする純粋に行政目的のものであつて、両者は明らかに異なつた目的・性格を有する。そして両者の相違は、それぞれに許容される調査方法の相違となつて表れている。

即ち、国税犯則取締法上の調査権は、強制調査をも許容しているのに対し、実体法上の調査権は調査に協力しない場合に罰則が適用されるにしても、その本質はあくまで被調査者の同意を前提とする任意調査である。

従つて右両者は明確に区別されねばならず、例えば租税債務確定自体のために国税犯則取締法上の調査権を用いるが如きは、絶対に許されるべきものではない。又、国税通則法二七条、法人税法一五三条、一五四条に、いわゆる当該職員とは、大蔵省設置法三六条、同省組織規定一〇四条、一三六条の六、昭和二四年同省令四九号による職員に限られる。従つて、国税査察官は当該職員ではない。同省組織規定一三七条、一三八条による国税査察官は、国税犯則取締法に於る収税官吏に該当し、その査察調査は法人税法上の調査に該当せず、法人税の課税標準等の調査について、国税犯則取締上の調査手段を用いることは許されず、これを用いることは違法である。

3 なお、法人税法一五六条は、「同法一五三条ないし一五五条の規定による質問又は検査の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解してはならない」旨を規定していることにも留意すべきである(以上につき、税務大学本科教材「国税犯則取締法」一〇〇頁、志場・荒井・山下・茂串共編、国税通則法精解=昭和四六年一二月一五日発行=三一二―三一三頁、広瀬正著判例から見た税法上の諸問題三一九―二〇頁、三二九―三一頁等参照)。

三 1 ところで原判決は、国税犯則取締法上の調査権を用いて発見収集された資料を、租税債務確定のための資料として使用することは許されると解している。

2 しかし、国税犯則取締法一二条の二の規定は、直接国税犯則事件においては、いわゆる訓示規定である(昭和二七年三月三一日名古屋高裁金沢支部判決)。従つて収税官吏が、国税犯則取締法の調査権を行使して調査に着手しても、その嫌疑の有無に拘らず告発するとは限らないのである。そこで、国税犯則取締法上の調査権を用いて発見収集された資料を、租税債務確定のための資料として使用すること許容するならば、租税債務確定のための資料の収集につき、実体税法上の調査権ではその資料の発見・収集が困難な場合に国税犯則取締法の調査に名を借りて、実体税法上の調査権ではできない調査をし、それによつて租税債務確定のための資料を入手することが事実上可能となつてしまう。

3 このように国税犯則取締法上の調査権を用いて発見収集された資料を、租税債務確定のための資料として使用することを許すならば、租税債務確定自体のために国税犯則取締法上の調査権を用いることを事実上認めることと同一に帰す結果となるのである。

4 従つて、国税犯則取締法による告発を受けて検察官が公訴を提起し、その裁判の審理経過や確定記録等から国税犯則取締法上の調査権を用いて発見収集された資料が明らかとなつた場合において、実体税法上の調査権の行使として再発見・再収集されたものとして、右資料を租税債務確定のための資料として使用すること以外は、これを許すべきではないのである。

5 ゆえに、実体法上の調査権を定める国税通則法二四条にいう「調査」には、国税犯則取締法上の調査権を用いて発見・収集された資料に基づく「調査」は含まれないと解すべきである。

四 1 ところで、本件の事実関係のうち、次の各点については、当事者間に、争いはない。

(1) 被上告人は、上告人の本件事業年度の法人税に関して、昭和四九年一月から同年四月にかけて、法人税法の調査を行ない、その結果に基づき上告人は、昭和四九年四月一日付で修正申告書を提出したので、被上告人は、同年四月三〇日付で右修正申告に係る増加税額一七一〇万〇六〇〇円に対し、国税通則法六五条一項の規定により百分の五の割合を乗じた過少申告加算税八五万五〇〇〇円を賦課決定した。

(2) 本件更正決定は、右1、の調査の後に行なわれた国税犯則取締法上の調査により、発見・収集された資料を利用しそれに基づいて、なされたものである。

であるならば、本件更正決定は、先行した法人税法の調査では明らかにならなかつた事実について、国税犯則取締法上の調査により発見・収集された資料を用いて調査認定し、行なつた処分であることは明らかである。従つて本件更正決定は、国税犯則取締法上の調査権を用いて発見収集された資料を、租税債務確定のための資料として使用した結果なのであつて、国税通則法二四条の「調査」による処分とは言いえないのである。

五 1 それでは、国税犯則取締法上の調査権を用いて発見収集された資料を利用してなされた本件更正決定の効力如何。

2 なるほど、更正決定は適正な課税処分実現のための処分ではある。しかし、納税義務者の立場からすれば、経済的不利益をこうむる処分であるし、また本件の場合もそうであるが、更正決定は重加算税賦課決定につながるものであつて、重加算税賦課決定は、明らかに納税義務者に対する不利益処分である。

3 そしてこのように国民に不利益を課する行政処分については、特にその手続が適法に行なわれなければならず、このことは、適正手続を保障した憲法三一条および財産権を保障した二九条一項が直接要請するところと解される。ゆえにその手続的違法は、その行政処分の実体的効力の否定を招来するものと解すべきである。

4 従つて、国税犯則取締法上の調査権を用いて発見収集された資料を利用してなされた本件更正決定は、単に違法であるにとどまらず、無効とされるべきである。

第二 上告人に対する本件重加算税賦課決定の効力について

上告人に対する本件重加算税賦課決定は、前記第一、の本件更正決定に基づいて為されたものであるが、本件更正決定は、前述のとおり無効と解すべきであるから、無効な更正決定に基づいて為された本件重加算税賦課決定もまた、無効と解すべきである。

第三 本件青色申告承認の取消処分の効力について

一 1 本件青色申告承認の取消処分は、法人税法一二七条一項により、被上告人が同条同項一号乃至四号の何れかに該当するや否やを調査のうえ、その調査に基づいて、これを為すべきである。このことは、同条同項には調査のうえ、これを行なわねばならぬ旨の直接の文言はないが、青色申告の承認の取消の立法趣旨、同条一項・二項の全体の趣旨から明白である。

2 そして上告人は、被上告人が、前記調査を行なわずに、本件青色申告承認の取消処分を行なつたことは違法であると主張するものであるところ、原判決は、「本件青色申告承認の取消処分は、査察前の被告の調査、査察官による査察調査及び被告による再度の調査という一連の調査の結果としてなされたものであるから、調査に基づかないでなされた旨の原告の主張は、理由がない。」と判示して、これを排斥した。

二 しかし、青色申告承認の取消処分は、納税義務者に対する不利益な行政処分であり、また青色申告承認の取消処分のための調査は、実体法上の調査権によつて行なわれねばならないところ、前記第一、において述べたとおり、国税犯則取締法上の調査権を用いて発見収集された資料を利用して、これを為してはならないのであつて、これに反する違法は、その処分の実体的効力の無効を招来するものと解すべきであるから、本件青色申告承認の取消処分もまた、無効とされるべきである。

第四<省略>

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